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確たる確信へ 入江優

更新日:2023年7月10日

生駒聖書学院 第73期

入江 優

御国教会


救いの証し

私は三歳の時に叔母に連れられて教会に行くようになり、そのまま教会の中で成長しました。小学生のころにはイエス様が神様だと信じていました。しかし今思うとどこかふわふわしたような、しっかりとした信仰ではありませんでした。そして中学校に入学したときに私は陸上部に入部しました。陸上部に入部した理由は日曜日に練習がなく、主日礼拝を守れる運動部が陸上部だけだったというものでした。練習は無かったのですが、大会などは日曜日にもあったので、入部するときに顧問の先生に日曜日の大会は出場しないということも伝えていました。


そのまま一年生、二年生と礼拝を守り続けました。そして三年生になり、最後の夏の大会がやってきました。これまで夏の大会は土曜日に開催されていたのですが、その年は日曜日に開催されることになりました。私は大会前に顧問の先生に呼ばれ、今年は日曜日だがどうするのかと聞かれました。これまでしっかりと礼拝を守れていたのに、私は自分の欲のために最後の大会だという理由で礼拝を休み、大会に出場することを選びました。


大会当日、自分の種目の前にウォーミングアップをしていた時のことです。ふと時計を見、もうすぐ礼拝が始まる時間かと思ったときに、あぁ自分はなんということをしたのだ、どうして礼拝じゃなく、大会を選んでしまったのか。という思いが沸き上がってきて、主に悔い改めの祈りをしました。


それから数か月が経ち、教会のプログラムに参加しました。その中での聖餐式の時です。それまで聖餐式で恵まれたことはなかったのですが、主よ、主よと祈っている間に涙が溢れてきました。自分は最後の大会だという理由で主に礼拝をささげることよりも大会を選んでしまった。なんと欲深く愚かで罪深い人間なんだ。しかし主はこんな礼拝を全うしなかった罪深い私を赦してくださった、それだけではなくすべての罪を十字架の贖いによって赦してくださったと涙が止まりませんでした。この体験により私の信仰は確たる信仰へと変えられました。主イエスキリストの十字架の贖いによる救いの確信へと至りました。


生駒聖書学院入学した理由

私は小学校五年生の時に献身の思いが与えられ、20歳の時に教会の牧師先生に献身したいという思いを伝えました。それからは教会で献身者として仕えてきました。そして2022年の秋に牧師先生から来年から神学校、生駒聖書学院に行きなさい、というお言葉を頂きました。そして生駒聖書学院に入学することになりました。

私が献身してからは牧師先生に「献身者は祈りなさい。祈祷会などでは聖徒たちを引っ張るために大きな声を出して祈りなさい。」と教えられてきました。そして学院の講義の中で、生駒聖書学院を卒業された牧師先生方から、先生方の時代は祈りに燃えていたという話を聞きました。夜はいたるところで祈りの声が聞こえてきて、祈る場所を探すのに苦労したとい話までも聞きました。その話を聞き、だから生駒聖書学院に導かれたのか、これまで以上に、もっと主に祈るために生駒聖書学院に導かれたのだと気付かされました。この三年間、たくさん主に祈っていきたいです。

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